熊本県は、阿蘇山の溶岩が固まる時にできる柱状節理によって断崖が多く川はその場所で多くの滝をつくりました。

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2015' OCT 17 Message

阿蘇山の外輪山の西部の切れ目に位置する黒川水域の滝。落差60m、滝幅20m、滝壷の広さ2970平方m。国道57号と国道325号の合流点にある阿蘇大橋から滝が眺望もできます。黒川が白川に合流する地点の少し上流の滝。観爆台には祠と孝女白菊の像があります。 * ♪


+ + 阿蘇郡 南阿蘇村 数鹿流ヶ滝 (すがるがたき)  + +

■数鹿流ヶ滝(すがるがたき)
阿蘇山の外輪山の西部の切れ目に位置する黒川水域の滝。黒川が白川に合流する地点の少し上流にあります。現地の案内板によれば、落差60m、滝幅20m、滝壷の広さ2970平方m。国道57号と国道325号の合流点にある阿蘇大橋から滝が眺望もできます。また、滝の眺望は専用駐車場が国道57号線沿いにあり、駐車場から観爆台までは約300mです。
神話の伝説では、健磐龍命(タケイワタツノミコト、阿蘇大明神)がカルデラ湖となっていた阿蘇に田畑を造るため、外輪山を蹴破った。そこに滝が出来た。この時に、鹿が数頭流され「数鹿流ヶ滝」と呼ばれるようになったと言われています、また、もう一つの伝承として、鎌倉時代初期の建久2年(1191年)阿蘇氏が「下野の狩り」と呼ばれる巻狩。この巻狩の際に、追い詰められた鹿が逃げ場を失い数頭が滝に落ちて流された。このため、この滝は「数鹿流ヶ滝」と呼ばれるようになったといい、この巻狩は建久4年(1193年)に行われた「富士の巻狩り」の手本となったとされた。とされるものもあります。なお、観爆台の説明板は、後者の「富士の巻狩り」を滝の名勝の由来としています。
■南阿蘇伝承ばなし 「孝女白菊の歌」 の像 数鹿流ヶ滝の艦爆台には、祠と孝女白菊の像があります。像の説明板は、明治から昭和初期にかけて全国で人気を得た物語詩「孝女白菊の歌」、そま舞台は南阿蘇一帯で、白菊のモデルは妙善尼ではないかと語り継がれています。当村にはそれらゆかりの地が点在しています。(要約)南阿蘇村教育委員会、南阿蘇孝女白菊の里づくりの会 と説明されてます。


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