耳をすませば 聖蹟桜ヶ丘 雫の歩いた道 言葉の不思議

単身赴任で暮らす四国の思い出があります 
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+ + 言 葉 の 不 思 議 + +


私達の生活の中で 中高年の方と 若者達の間で 言葉のフィーリングに違いがあるように感じています

また 海外で生活する際や 海外での生活が長かった方が持つ 言葉のフィーリングは 日本人が持つ言葉のフィーリングと異なっている場合も多いのではないでしょうか

同じ日本語を話している日本人の間に 言葉に対する受け止め方や考え方が全く違う場合も増えています

その理由は どうしてなのか 考えてみたいと思います


+ + 言葉のコミュニケーション  + +


言葉は 相手との意思の疎通をする手段ですが 単に言葉が通じるだけでは よいコミュニケーションができるかというと そうではないようです

まず 2つの例で考えてみます

1 外国に赴任したご主人とともにアメリカに転居した奥さんの事例です

引越しの荷解きも終わり 近くのスーパーに買い物に出掛けました 帰り道 近くに住む日本人の奥様が車で通りかかり 「自宅までお送りしますよ」と言ってくれました しかし まだ 知り合って間がないことから 「大丈夫です お気持ちだけいただきます」と答えたところ その奥様は 「そうですか」と言って 車を走らせ行ってしまいました こんなとき 日本では まず 最初の答えは 遠慮の言葉が出て つぎに相手の奥様から「遠慮せずに どうぞ どうぞ」と更にすすめられて 「それでは お言葉に甘えて 乗せていただきます」となると思います
アメリカでは 遠慮は イコール 相手の思い遣りを不必要とする 答えになります たとえ 会話の相手が 同じ日本人でも アメリカの言葉のコミュニケーションに溶け込んでいる場合は 間違いなく 遠慮は 不必要の答えになります
これ以後 奥様は 日本人が美徳とする まず 遠慮するということをせず 自分の気持ちをはっきりと言うようにしたということです

2 つぎに アメリカにホームスティをする高校生を例を考えてみます

ホームスティ先からの苦情で最も多いのは 日本人は嘘が多いということです 日本の場合は 一緒に出掛けたくない場合は 「ちょっと身体の調子がすぐれないので」 のように オブラートで包んだような表現を使います しかし アメリカでは 調子が悪いは イコール 病気という表現になり 日本人のように この人は行きたくないんだね と察してくれることはありません
日本のように 相手を気遣って使った表現も アメリカでは 通じません このため 日本人は うそ が多くて 困るということになってしまいます



+ + コミュニケーションの違い  + +


日本人の言葉のコミュニケーションは 「以心伝心」という熟語が示しているように 自分の考えていることをストレートに表現せず 相手がどのように感じるかを考えながら話し また 相手が 自分の言い足りないことを察してくれることを期待しています

しかし アメリカでは 言葉で発する自分の意思の表現は その人の思っている考え方の全部であり 言葉で表現しないことは 考え方ではない ということになっています

前の事例の1の車の奥様も 遠慮で言った言葉を 必要ですという 察しの言葉として受け止めていませんね

日本人が普通に使う 相手を思い遣る間接的な表現は アメリカ人や帰国子女の方にとっては 相手の話し言葉の裏を常に考えなければならず 楽しいはずの会話が 相当に強いストレスと感じていることになります



+ + 言葉文化の違い  + +


日本人の会話は 言葉の文脈の中にある物理的 社会的 心理的 時間的ないろいろな事由で 相手とのコミュニケーションを行っていますが アメリカでの会話は 言葉の単語を駆使して自分の考え方を相手に明らかに示すということであり これが 最大の違いです

世界的には 日本人のように文脈を言葉の基本にしているのは アラブ 地中海地方があり アメリカのように単語を駆使する言葉を基本にしているのは ドイツ スイス 北欧諸国と 分けることができると思います

日本の外交を含め 外国との関係で 言葉の壁以上に問題になっているのが このような文化の違いであり 日本人の言葉に違和感を感じ はっきりと表現しないと 批判されるのは 日本人が美徳とする 言葉の使い方が アメリカ人にとっては 文脈に頼り 単純であいまいな言葉で 深い意味がやり取りされるコミュニケーションのあいまいさに 我慢がならないのでしょう

みなさんが 外国に行って 外国人は 自分のことを察してくれないと感じても それは 言葉の文化の違いですね 相手を冷たいと感じるのは 間違いと思わなくてはなりません 遠慮と察しは アメリカでは通用しません 特に女性の方は 外国人の誘いに対しては 言葉の壁もありますが ただ 微笑むだけでは いけません ダメなものは はっきりと NO と表現しなければ 危機的状況になることを 多くの事例が教えてくれています



+ + 日本の中でのコミュニケーションの違い + +


言葉の持つ意味を察しながら会話する能力は 自然と身につくものではないと思います

両親 先生 周囲の人々から 「相手の気持ちを思い遣った行動をしなさい」 「人の気持ちを考えて行動しなさい」などと 教えられ 注意されながら 自然に習得します この際に アメリカのように 自分の意見や感情を言葉で明確に表現することは あまり重要視されていません

しかし 最近の講演会や新聞のコラムでは 最近の日本人は 相手を察する会話の仕方や言葉で自分の思っていることを表現する訓練も不足していて 他人との言葉のコミュニケーションがうまくできない若者が増えていると提言されています

私達の会話能力は 生まれ育ち 生活し 触れてきた環境の中で いろいろな文化を吸収して 自分自身の価値観や文化を形成し 完成していくと考えられます この能力は 多くの体験 多くの仲間との会話の中で 喜び 苦しみ 助け合いながら 自然と身に付きます

今の社会は 子供達の遊び 仲間作り 先輩後輩の関係など 人格形成の過程が劇的に変化し 小さい頃からテレビゲームで遊び 携帯電話で会話する チャットにバーチャルを感じるなど 他人との接触が極端に少ない若者が増えたことにより 世代間での価値観の違い 言葉の意味の変化 察する心の低下などが 生じています

会話は 同じ価値観を共有する人との場合は 察しの心などに類似性があり 会話自体に 違和感やストレスを感じることは ありません しかし 日本人とアメリカ人の会話のように 違う価値観では 意思の疎通ができず ストレスを感じます

また 年配の方と若者の間にも 言葉のストレスが 深い溝のようにあります

更に 中国からの帰国した孤児の方の場合は 子供達は 環境の変化に柔軟なため 日本のものの考え方や感性に すぐに順応し 中国での考え方を 日本の考え方に すぐに変化させますが ご両親は すぐに順応できません 日本の感性と中国の感性が 家庭内で摩擦になり 考え方の溝になります



+ + ほめることの違い + +


アメリカり映画を見ていると 家族で 子供をほめるシーンがたくさん あります

ここはすごい あれもすごい それもすばらしい あらゆる言葉を使って ほめる事を忘れません

日本の場合は 子供達がどんないい成績の通知表を持ちかえっても ちょっとでも できない所があると ここは もう少し頑張ろうね ということが多く よい成績をほめることは あまりないと思います

ここが 日本とアメリカとの考え方の最大の違いで このことを俗に 日本は ケナシ評価 アメリカは ホメ評価 といわれる要因です

アメリカで生活する日本人の家族の場合 子供達は アメリカ流のほめる評価の考え方になっているのに 両親は いまだに 日本流のケナシ評価の場合は 家族という絆の中にも 文化の違いが生じ 子供のやる気を低下させる原因になる場合もあるのではないでしょうか

このような中で 日本も ほめる ほめられる 事に対する考え方が変化しています 年配の方は 生活の中で身についているケナシ評価を続け 若者は アメリカ的なホメ評価に移行しつつあるように 思います このことが 人間関係の歪みや世代間の感覚のズレの 要因ではないかと 思います



+ + 若者 子供との対応  + +


若者は 年配の方のような 相手を察して話す という会話が少なくなっています みなさんが上司の場合 地域社会での世話役の場合などなど 若者と接する際は 同年代と接する場合と違う表現をされることが よいのではないかと 思います

1 あいまいな表現はやめ はっきりと自分の考えていることを話します あいまいな表現で話しても 相手は みなさんの話す言葉の裏側を察してくれることはないと思います

2 若い人は みなさんが基準にされている 言葉や考え方の文化とは 違うと思います みなさんが考えて また 感じて話している単語や言葉は みなさんが感じているようには 伝わりません 若者は 考え方 感じ方が 年配の方とは 違うことを わかってください

若者は 年配の方を 異国の頭の硬い人とは思っていません また 若者は 自己表現や言葉の意味を十分に理解していない場合が多いだけではないかと思います 若者を 自分とは違う社会の者と思わずに 言葉の文化 言葉の持つ意味などを 教えていただければと 思っています

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