■ 熊本におけるハーンの足跡 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が夫人とともに松江から第五高等中学校の教師として熊本に到着した明治24年(1891)11月19日です。まず不知火館(後の研屋支店)に旅装を解き、数日後、近くの手取本町34番地赤星晋策氏の家を借りて住みました。 借りるにあたって、ハーンは特に注文して神棚を設けました。毎朝この新しい神棚に柏手を打って拝礼し,人力車で学校に通いました。夕陽が好きだったハーンは、西と南に縁側のある八畳の部屋を書斎にし机を西向きに置きました。近眼のため机だけは椅子を用いましたが、ほかはすべて日本式で、来客との対応等もくつろぐため畳の上で行ったといいます。
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■ 小泉八雲 1891年(明治24年)11月25日、この家に入居したはーは西と南に縁側がある八畳間の部屋を書斎にあてました。一日中日光の当たる部屋はとても明るく、恰好の間取りにハーンは大変喜んだといいます、特に夕陽を好んだハーンは、松江の家と同じように熊本でも書斎の机を部屋の南西隅に置いたといいます。
平成7年、当時の居宅は、熊本市中央区の鶴屋百貨店の南側の公園脇にその一部が移築保存され公開されています。
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