国指定重要文化財 「通潤橋」 肥後を代表する名勝地 「五郎ガ瀧」

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2015' AUG 09 Message

通潤橋は深い谷に囲まれ水不足で困窮していた白糸大地の民衆を救うために架けられた灌漑用の石造りアーチ水路橋です。嘉永5年(1852)12月から、総庄屋「布田保之助(ふたやすのすけ)が主導となり、嘉永7年(1854)7月までの1年8か月をかけて建設されました。 * * * ♪ ♪ ♪ 。


itigonet ・ Strawberry-Club 国重要文化財 「通潤橋」
通潤橋の放水

■ 農業用水路としての通潤橋
通潤橋は深い谷に囲まれ水不足で困窮していた白糸大地の民衆を救うために架けられた灌漑用の石造りアーチ水路橋です。
嘉永5年(1852)12月から、総庄屋「布田保之助(ふたやすのすけ)が主導となり、嘉永7年(1854)7月までの1年8か月をかけて建設されました。
橋の高さは20.2m、長さ75.6m、中を通る管の長さは126.9mあります。橋には対岸に水を通すために吹上口の高低差をつけるなど様々にな工夫が施されており、当時、肥後の石工などの協力を得て建設された大工事でした。

■ 指定日指定時間の放水
水源は通潤橋から約6キロ離れた笹原川から引水され、今も対岸の白糸大地約100haの農地を潤しています。「通潤橋」という名は中国の古典「易経(えききょう)の程氏伝」の中にある「沢在山下 其気上通 潤及草木百物」という文章からとって名づけられています。
放水は、通水管に溜まった「土砂吐き」(土砂の排出)のために設けられた機能で、現役の水路機能を保ち続ける通潤橋特有のものです。放水は、当初、年に1回八朔祭の時に実施されていましたが、約50年前(昭和39年)頃から観光客への公開が始まりました。放水日は事前確認がされてください。


かんがい施設遺産
+ + 通潤す橋 建設者 布田保之助 像 + +

■通潤橋の維持管理
用水を渡す通水管は石の管を連結した構造であるため、継ぎ目(目地)には、「漆喰」が使用されており、漏水を防ぐという重要な役割を担っています。1〜2年ごとに用水受益者により漆喰の詰め替え作業が行われています。

また、アーチ橋の壁面の部分では、石積みの保護のため、年1回程度ロッククライマーによる除草も行われています。通潤橋は、これらの管理作業を通じて大切に継承されてきた文化財の一つです。
放水は、例年5月中旬から7月下旬は農地かんがいのため、12月から3月までは通潤橋の石材の凍結を防止するため、放水は行われません。

■布田保之助
江戸時代末期天保4年(1833)から文久元年(1861)の約30年間の長きに亘り、矢部地域76か村の長で、行政の責任者であった(熊本藩の役職では「総庄屋」という)人物です。元来、布田家は、数代に亘り矢部地域の長を務めた家系であり、保之助の父、布田市平次も矢部の開発と人々の生活安定のため尽力した人です。
保之助が8歳の時、36歳の若さでこの世を去っています。父の意志を継いだ保之助は、新田開発を目的とした用水路・ため池(堤)等の整備の実情に応じて数多くの開発事業を手掛けています。用水・ため池(堤)22か所、堰12カ所、道路162か所、眼鏡橋13か所が知られています。


五郎ガ瀧 通潤橋下流部
+ + + 公平な分水装置 「円形分水」 +  + +

■五郎ガ瀧
肥後を代表する名勝地「五郎ガ瀧」(五老ケ滝)は、滝が多いこの地域においても最大級の規模を誇ります。約220年前、熊本藩第8代藩主細川斉茲(なりしげ)がこの滝の見学を契機に、領内の名勝地の探索と図巻作成を指示するほど感動した滝でもあり、多くの著名人が観覧しました。平成27年3月、国も名勝に指定されました。
通潤橋と五郎ガ瀧の見学用の駐車場は、道の駅と五郎ガ瀧入口の2カ所がありますが、通潤橋上部と瀧へは五郎ガ瀧の駐車場が便利です。

■円形分水
円形分水は、通水用水上井手の上流部にある水施設で、昭和31年(1956)に設置されました。施設の中心部から用水を湧き出させることにより、一定率に応じた分水を可能にしています。ここでは、通潤橋に至る用水と他地区の用水を水田の面積に応じ、配分しています。


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●周辺の観光地

●鮎の瀬大橋

矢部町千滝の町道牧野上司尾線(旧国道218号線)を起点に白糸台地を通り、菅の県道清和砥用を終点とする道路のY型橋脚の橋
鮎の瀬大橋(Y型橋脚と斜張橋)との融合橋

●霊台橋(石橋)

●内大臣森林鉄道跡

上益城郡甲佐町から緑川沿いに矢部町貯木場までを結んでいた内大臣森林鉄道の廃線跡が見られます。
使用された機関車は熊本城二の丸の監物台樹木園に保存展示されています。昭和の歴史

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