一級河川 高津川源流 大蛇が池 毎年6月下旬に行われる水源祭りの際 「雨乞い神事」 が行われています。

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2017' AUG 11 Message

吉賀町の古社・新宮神社に伝わる古文書によると、出雲の国でスサノオノミコトに討たれたヤマタノオロチの陰霊が高津川の水源・大蛇が池に棲みついたと伝えられています。昔から干ばつの際には、藁で作った大蛇を池に入れて「雨乞い」をすれば、たちまち雨が降ると伝えられており、現在は毎年6月下旬に行われる水源祭りの際「雨乞い神事」が行われています。 * ♪


+ + 水源公園 高津川源流 平成の名水百選 一本杉の湧水 + +

■水源公園 高津川源流 大蛇が池
吉賀町の古社・新宮神社に伝わる古文書によると、出雲の国でスサノオノミコトに討たれたヤマタノオロチの陰霊が高津川の水源・大蛇が池に棲みついたと伝えられています。昔から干ばつの際には、藁で作った大蛇を池に入れて「雨乞い」をすれば、たちまち雨が降ると伝えられており、現在は毎年6月下旬に行われる水源祭りの際「雨乞い神事」が行われています。
一級河川で水源地が特定できるのは珍しく、池は「島根県の名水百選」に、池の辺にある勇壮な一本杉は「島根県名樹百選」に選定されています。
■一本杉
古代、この辺りは杉などの原始林が生い茂り大湿原であった。その後この辺りに人々が沼沢を利用して稲作狩猟を行い生活が営まれ始めました。周辺には「皇坂弥生遺跡」として弥生時代の土器や石器が多数出土しています。
吉賀記(郷土史記)によれば寛治年中(西暦1087年頃)、井谷郷三郎が人を連れて高津川の水源を訪ね、この地富貴村(古名)に入り原始林を伐り溝を抜き、田畑を拓き村里を定めたとあります。大沼の近くの清い水の湧き出る処の大杉だけ伐り残されたのがこの杉です。
村人はこの杉の緑の変化を見て村の盛衰を判断し、或いは旱魃の時は藁で大蛇を作り、この池で大蛇とともに興じ祈り神に雨乞いを願って来ました。ゆえにこの池を「大蛇が池」と言っています。またこの付近から馬が生まれ近くの湿原で自由に育ち疾風のごとく水陸を走る古今の名馬となったと伝えられています。この為「早馬の池」とも言われています。
樹高約20m、根元廻り約5m、樹齢1000年以上、昭和50年県銘樹百選指定、昭和30年県名木指定
■河川争奪の歴史
一級河川高津川は現在、この水源から流域面積1090平方キロメートル、延長81キロメートルの河川となって日本海に流れています。
太古には、山口県境を越え宇佐川、県境にある深谷川も高津川でしたが、河川争奪によって、錦川に奪われて切頭川となったものです。河川争奪は、柳ケ瀬付近のものが約3万年前、向峠・新田付近のものが約1万年前と推定されます。
河川争奪の場所(争奪の肱)は、宇佐川では柳ケ瀬付近、深谷川では初見、新田、向峠付近で100m以上の渓谷となっています。初見、新田、向峠地区の農地の下には旧河床と思われる石礫が残っています。
下流の田野原地区の「八町八反八畝八歩の一枚田」も、高津川が蛇行して流れる氾濫原であったものが切頭されて流水の減少により湿原化したものです。
河川争奪により、流水が減少したため樋口−九郎原間約2.5キロは、現在、水無し川となっています。と説明板に書かれています。

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