五間櫓や北十八間櫓の石垣は、4月14日と同16日の熊本地震によって倒壊し、400年の歴史が一瞬にして瓦礫の山となりました。

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2016' APR 30 Message

平成28年3月26日、熊本城は桜の花が咲き乱れ、平櫓や五間櫓の石垣下の広場は多くの花見の客が宴を楽しんでいました。その五間櫓や北十八間櫓の石垣は、4月14日と同16日の熊本地震によって倒壊し、400年の歴史が一瞬にして瓦礫の山となりました。石垣の一部は熊本大神宮本殿に崩れ、無残なすがたになっています。 * ♪


+ + 未甲櫓 元太鼓櫓 + +

■熊本城 奉行丸 (ぶぎょうまる) 未甲櫓 (ひつじさるやぐら) 元太鼓櫓 (もとたいこやぐら)
未甲櫓、元太鼓櫓の周辺は、奉行丸の曲輪(くるわ)「城の周りに築いた堀、石垣、塀などで構成する区画」は細川氏入国(1632年)後、奉行所が置かれたことから奉行丸と呼ばれています。奉行所は御奉行所(おんぶぎょうしょ)、御勘定方(おんかんじょうかた)、小物成(こものなり)、御郡代(おんぐだい)の四部門からなり、多くの藩士が公務を行っていたといいます。
奉行丸に熊本城復元整備計画の一環として、平成15年までに「未甲櫓」(ひつじさるやぐら)「元太鼓櫓」(ともたいこやぐら)と付属の塀を復元しました。また、遺構表示で木棚で表示しているのは、かつて「井樋方櫓」(いびかたやぐら)、「客殿方櫓」(きゃくでんかたやぐら)があった場所と説明されています。
■熊本地震による倒壊
平成28年4月14日と同16日の熊本地震の発生によって未甲櫓自体は櫓と石垣は現存していますが、未甲櫓から元太鼓櫓にかけての石垣の倒壊により右上の写真の塀が倒壊してます。この部分は二の丸広場から桜の馬場食彩苑に通ずる歩道のある場所です。


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