熊本市北区は、田園地帯が広がる地域です。植木地区の有泉地区の道路脇に「池の川水源」の泉が湧いています。

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池の川水源とは

■池の川水源とは
熊本市北区は、田園地帯が広がる地域です。植木地区の有泉地区の道路脇に「池の川水源」の泉が湧いています。
場所は、国道3号線を熊本市内から久留米方面に進み、熊本市北区植木地区の植木六丁目の交差点を県道329号線方向に右折し、九州自動車道の高架の下を進み、約2分ほど走った下り坂の右手です。泉の脇に2台程度が駐車できる路肩があります。



池の川水源 碑文

斯の清泉は昔から村の象徴として池の川と愛称された水源です。
天保年間庄屋弥三衛門の日記にこの泉あるに依り有泉神社の由諸に第五十五代文徳天皇の天安四年中(西暦858年)安武刑部高盛来って当国の尾藤肥後守藤原隆房に仕へ合志郡上生の城主となる後宇多天皇の寛永2年(西暦890年)正月元日より11日まで伊勢皇大神毎夜高盛に御告げあり山本郡の香原饌園の南に在る清泉の上に遷居し国護とせよと神託である。高盛この事を尾藤隆房に言上、隆房は直ちに高盛を伊勢神宮に遣わして内宮の神主に事の由を告げた。神宮の神主にも元旦より11日まで同様の神託あり、かくして高盛は皇大神宮の小霊鏡を奉戴して帰国、御告の泉上の鎮の奉った即ち有泉神社てある。
隆房此悦からず高盛をして其祭祀に当らしめ有泉高盛と号せしめたと云う以上の如く有泉性の発生であるが姓の起こり地名であると謂われている通り有泉地名の誕生は嘉平2年(西暦890年)である。爾来千百拾有余年の歳月を閲と湧水の流れ千年の昔も今も変わらず住民の飲用水併に各種洗濯用水、水田の灌漑用水に使用される貴重な水源である。
平成元年、肥後水源愛護賞を受けた水源である。周辺山村の若葉を萌え立て力強い生命力と風雪と歳月の重さを無言の内に教えてまれる。私達はこの天恵の水源に感謝して子々孫々に至るまで悠遠に愛護に勤めましょう。
有泉区民一同
このように碑に、刻されています。



池の川水源

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■ 碑文

■ 道路脇です。

■ 水源部から順番に洗い場が設けられています。





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