日本名城の一つに数えられる熊本城は、加藤清正が幾多の実戦の経験を生かし、慶長6年から7か年の歳月を費やして完成したものと伝えられています。


特別史跡 熊本城 数寄屋丸二階御広間


■数寄屋丸二階御広間
数寄屋丸二階広間は、西に五階櫓門を配し、梁間七間 (約13メートル) 、桁行18間 (約33メートル) の建物で、南面の壁には銃眼や石落としもついていますが、内部一階は土間、二階には書院造りの座敷があり、全国の城郭建築の中でも非常に珍しいものです。
数寄屋丸とは、秀吉築城大阪城の「山里丸」の流れをひくもので、熊本城における文化的遊興の空間であったと思われます。茶会・能・連歌の会などが催され、二階御広間もそのような用途に使われていたと考えられています。
二間半四方で十二畳半の部屋が主室となっていて、床の間に二間半の押板だけというシンプルな構造で、復元に際しては書院造りの建物・城内の櫓・絵図等の資料を参考にしたといいます。
建築の際は残っていた礎石をそのまま使用し、柱等の主要材は九州山地から伐り出した栂を、梁には松、土台には栗を使用しています。


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