■伝統・文化展示施設 しらかべ学遊館 概要 柳井津は瀬戸内海の舟運を利した市場町として形成されました。この町が中世に栄えたことは、慶長6年 (1601) 古川広家が岩国の城下町建設に際して、柳井の有力商人を移住させて、柳井町を設けたことによってもわかります。 柳井津町の敷地割は、他の町と同様、間口が狭く奥行きが深く、敷地境には石積の水路が北から南へ設置され、道路を横断して直接柳井川に排水されています。 保存地区は、柳井津でもっとも早くから開かれた旧町の西半分にあたる古市金屋地区で、東西方向に通じる本通の両側約200メートルの町並みと、ほぼ中央部から南側の柳井川に通じる掛屋 (かけや) 小路の家並みです。 本町筋に面して建つ町家は、妻入・本瓦二階建て・漆喰塗の大壁造りを基本とし、平入の建物も混じりますが、前面の庇の軒線はそろい町並みに統一感を与えています。また二階壁面に開く窓は、建ちの高い建物正面が調和のとれた意匠となり、漆喰壁の白壁に深く陰影をつけて、大壁造りの重厚な町家をひきたてています。 この保存地区は、中世の商業都市の地割を伝えるだけでなく、近世後半に建築された本瓦葺・白い大壁造りの町家群は、意匠的にすぐれて保存状態もよく、わが国にとって価値が高いものです。と書かれた説明板が白壁まちかど広場にあります。
|