■田中義一誕生地田中義一は、幕末ごろ藩主の御六尺 (かごかき) 田中家の三男として文久3年 (1863) 乙熊がここで生まれた。乙熊は3歳のとき平安古に移り、成長して義一と名を改めた。13歳のとき新堀小学校の授業生 (代用教員) に登用され、萩の乱にも参加したが、のち陸大に進学した。大正7年以降陸軍大臣、次いで大将に進み、再び陸軍大臣となる。大正14年政友会総裁に就任、昭和2年内閣総理大臣となり外務大臣、拓務大臣を兼任した。と書かれた説明板があります。